--.--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2013.06.20

久しぶり音楽論 前段2 ~古巣研究~

今日の名言「低評価を5つ付けるという幼稚な報復行為」
もう片方は3つでした。
…ああ、もうそっとしておくって決めたのに!


■前回のまとめ■
  • 突如現れた…わけでもないけれど、最近ホットな極右さん(当ブログローカル呼称)の出現に端を発し、古いお手紙を掘り返してブログを書くよ!
  • 議論の便宜上、極端だけど「原曲派」と「オリジナル派」に分けたよ!(あくまで極論であり、みんながみんなくっきり別れるわけじゃないから、そこんとこご了承してよね!)
  • その典型例として酪農大と北大が好対照だよ!酪農大は音だけじゃなくプレイスタイルまできっちりコピーするし、北大はその辺適当にしかしないよ!
  • コピーって武道の「型」みたいなもんで、その習得はまさに修行の域だよ!
前回は長くなったけれど、「前回のまとめ」を読んでおけば大丈夫!
今回も長くなったけれど、次回の「前回のまとめ」を読めばきっと大丈夫!

以下続き。


◆原曲派の目標と修行◆
原曲派のコピーは「型」を習得するための修行のようなもの、と前回言いました。
それは、ある意味では楽で、ある意味では非常に辛いものです。

楽な側面は、確固たる目標があるということです。
コピーすべき目標/師範が存在するわけですから、そこにどれだけ近づくかなのです。
もしかしたらその目標/師範は後から変わることはあるのかもしれませんが、それでもやることは同じ。たまに他のことに手を出すかもしれませんが、スタイルは元のまま。
なので、そのスタイルの勉強さえして練習すれば、ある意味では安泰なのです。
自分が一番良いと思える物に、着実に近づけるのですから。

では何が辛いかというと、練習そのものです。
なんといっても修行なのです。修行に辛さはつきものです。
目標に近づくため、憧れのプレイに近づくため、ひたすらコピー、研究、練習!
…と言っても実際は、コピーという行為が好きだったり、成果に対する喜びだったりで、辛いと思わない人の方が多いのかもしれません。むしろそういう人こそ原曲派としてやっていけるのかもしれませんね。
ただ、それには目標となるプレイヤーへの強固な熱意が必要な事でしょう。


◆オリジナル派例、古巣北大ブル研◆
前回からずっと原曲派の分析をしてきましたが、忘れてないよオリジナル派。
これはもう殆ど近年の北大の分析になるんじゃないかと思います。

この前の定演やニューイヤーなんかを聞いていると強烈に感じるのが、曲がチャラくなったなぁ~という事です。もうチャラっチャラです。そんなコンポラばっかやらんでもと思うくらいチャラいです。僕ですら、パリっとしたバンジョーのパリっとしたリズムのトラッド聞かせろよ!と、うずうずするほどチャラいです。
コンポラをやればオリジナル派というわけでは無いのですが、コンポラ系な特定のアーティストを目指し「こいつを完コピしまくるぜ!」って人もそうそういないでしょうから、少なくとも原曲派は少ない事が明確です。


◆独学傾向と曲主体傾向になるシステム◆
そうなる理由はその時々の流行もありますが、北大ブル研のシステムにもあります。

北大ブル研は、バンド単位での活動がメインです。したがって同じ楽器間での交流には乏しい側面があり、「独学傾向」が必然的に強まります。
また、同じ理由により、特定のプレーヤーやプレイスタイルを目指すのでは無く、それぞれのバンドで決めた曲を目標として練習する「曲主体傾向」があるのです。

例えば、一年生は入部後3つの曲を教わります。ブルーリッジ、キャベツ、クリップル。
その3曲をなんとか弾けるようになった後は、特に決まった指導もありません。
「型」とも言えない、「構え」の段階だけ教えて、後はもう自分で会得してもらいます。
先輩と仲良くジャムしてたり、教えを請えば何かしら教えてくれるでしょうが、そうでなければ殆どが独学状態です。
先輩が後輩を教えるって、教える側の先輩にこそ役に立つことなんですけれど…って話は関係ない。まぁともかく、北大ブル研の教育体制はかなり弱く、個人主義的な傾向があります。

一年生は勝手にジャム曲を練習したりもしますが、基本的には一年生バンドの曲を練習するようになります。
その曲はバンド内で好きなのをみんなで選びます。コンポラカッコイイ。
以後はバンド単位での活動がメインとなるので、同じ楽器間の交流は更になくなり、独学傾向が更に強まります。バンドの選曲も、「○○の曲をやるバンド!」って決めていない限り曲主体傾向な選曲になります。

みんなはじめはコンポラのほうが聞いてて楽しいものです。慣れてくれば、ああトラッドもいいのかもなー、なんて思う事もありましょうが、「このプレーヤーのこの弾き方をコピーしろ!」なんて言ってくる先輩も特にいないので、そこまで熱を入れてコピーする人もあまりいません。
弾き方や歌い方も、特に強制されないので、各々が研究しつつ弾きやすい・歌いやすいやりかたを見つけ、練習していくことになります。

つまり、サークル全体としてスタイルの方向性を有していません。
特に最近は器用なプレーヤーが多いので、
曲もブルーグラスっぽいならなんでもアリになってきました。良くも悪くも、ブル研の中の「ブルーグラス」というジャンルの範囲がだんだん広まって(または薄まって)来ているように思えます。

当然、北大ブル研での練習は「型」には依らない事が多いです。
曲をコピーする過程で自分にあった「型」を見いだせれば、それはそれでいいのですが、自分には合わないなー苦手だなー特にやりたくはないなーと思ったら、手をつけません。(自分がまさに)



◆北大ブル研の上達◆
それでは、根底となる部分で目指すべきスタイルが無いオリジナル派は、果たして音楽的に上達できるのでしょうか?…と問えば、言うまでもありません。上達します。
じゃなきゃ北大ブル研、あっというまに潰れています。
それを改めて分析して説明するっていうのは、些か野暮な感じがしますが…。

まぁ、週に4時間とか8時間とかバンド練して、そのための個人練習、そのための音取り…ってなれば否が応にも楽器を触ってる時間は相当なものになります。それだけでも上手くはなります。
それに、プレイスタイルはともかくとしても、それぞれの曲を目標としている以上、それをコピーorそれに近い音やリズムを目指して練習します。
言ってしまえば、原曲の音を取って、リズムなんか考えずその音だけを追っかけて弾けるようになるだけでも、相当の上達と言えます。
加えて趣味的にジャム曲や自分の好きな曲、企画バンド、お遊び、ライブに向けた追い込み…等などで、みんなそれぞれの方向に勝手に伸びていくのです。

ただし、その練習の仕方が、伸びた方向が、本当に正しいか、効率は良いのか。
それは全くわからないのであります。
印象としては、自己流である程度までは弾けるようになるけれど、ある程度以上伸びない…という早期成長伸び止まりタイプが多いような気がします。
まさに自分の事を言ってるような気分です。気分というか、まさに自分の事です。
これこそ「型」がきっちりしていない事の一番の問題点じゃないかと思います。

また、サークルとしては、勝手にやっていける人間は放っといていいとしても、初めて触る変な楽器に右往左往して馴染めない人には冷たいです。
近くにたまたまお節介な先輩がいれば助けてもくれるでしょうけれど、素直に頼れない人なんかにしてみれば、弾けないし放置されるしよくわからんし…でヤッテラレッカ状態です。
何十人もの部員を抱える団体においては必然なのかもしれませんが、それでサークルを離れていく人も多くいるでしょう。


またまた長くなってしまいました。今日はここまで。
こんな、現役も年寄りも食わなさそうな文字の羅列を書くのは久しぶりです。
ホントはこんな話、まるたでSS飲みながら話して、翌日忘れりゃいいと思います。



スポンサーサイト
2013.06.18

久しぶり音楽論 前段 ~お隣のコピー文化~

今日の名言「俺は嫌いだね、こんなのフェスティバルでやる神経がわからん。
http://www.youtube.com/watch?v=GL-ACGYftgU
コンベンションの8割くらい否定されておる。


最近のブル研ツイッター界隈で冷めかけホットな話題と言えば彼、YouTubeの演奏動画に度々現れては毒を吐く青年についてでございます。
主にUnclePenにケチをつけたりネタ動画にケチをつけたり、たまにケンタローさんにケチつけたついでに反応に困る動画をアップしてみたりするのが主な行動です。

その言葉の端々から溢れ出る少々硬質なトラディショナルブルーグラス愛と、架空請求メールのような言葉遣い、自信満々に己の価値観を頭上から突き刺しにかかってくるその精神は、曲者多きカントリー親父界で考えても引けをとらないレベルの香ばしさが漂っています。
コメントだけを見れば「あらあらおじいちゃん」と思うほどご年配の方かと思いましたが、なんとびっくり、実際はまだ相当にお若いようで。
生半可な演奏や、ネタを許さないその姿勢と突撃精神に敬意を込めて、彼を密かにブルーグラス極右さんと呼んでいたりするのですが、多分流行る事は無いでしょう。

極右さんについてはネットウォッチな気分で見ているのですが、やまもと某ブログさんのように軽妙にレポートする事もできませんし、語れば語るほどロクなことにならない予感がするので、もうそっとしておきます。
しかし、9チャンネルが渦を巻いて高らかに燃え上ればいいな、と楽しみにしているのです。


さて、この極右さんで思い出すのがおおよそ半年前。
9pidチャンネルに上がってる僕のバンドの動画に「ガチコメがついたから見てみてよ」と、兼。(チャンネル主)が連絡をくれたことがありました。それが当時おっさんだと思ってた極右さんだったわけです。
まぁ、この極右さんは出汁でしか無いのですが、その時にご主人様とのやりとりメールがなかなか興味深かったので、それをネタにブログを書こう!と思ってた時期がありました。半年前は。
その後当然忘れてたわけですが、今こそその決意を果たすとき!…と思ってとりあえず過去の兼。とのメールを引っ張りだして来たのであります。
そしてこれから書くことを考えるのです。論文指導とかあったら、間違いなく怒られる書き方。



◆轍か我が道か◆
「人間必ずSかM!」って言うレベルの大雑把さでハイパーざっくり分別すると、グラッサー達は原曲派とオリジナル派に分かれます。ホントは分かれないと思いますが、便宜上分けるのです。
原曲派はその曲、そしてその曲を弾くプレイヤーのプレイをコピーする事によって演奏のレベルを上げてきます。一方、オリジナル派は原曲の弾き方やプレイスタイルというものに重きを置かず、自分の弾きやすいよう・やりたいように演奏します。
ちなみにアドリブのできるorできないという問題じゃないです。

◆北大と酪農大◆
コピーサボりまくりだった僕は当然オリジナル派です。
というか、北大を見る限りはオリジナル派が多いとおもいます。音取りでレベルのコピーはするにしても、そのスタイルや弾き方までコピーしようとする人は、そう多くいるようには思えません。
一年生の時に基本を教わって以降は特に何を教わるわけでもなく、独学が多くなりますからね。

オリジナル派でプレイするメリット…というとなんですが、とにかく自由です。自分のできることを全面に押し出して、苦手な事には目を瞑って、よくも悪くも誤魔化せます。
ただ、固有の悪い癖が出てきたり、我が道を行った故の基礎力不足等の問題があります。


一方、勝手なイメージですが、酪農大がコピー派として好対照です。
最近遊びに行ってないので今の事はわかりませんが、僕がよく顔を出していた頃4~5年前は、とにかくコピーをするという事についてストイックでした。メロディーは勿論、リズムやノリ、奏法、そしてスタイル。
ベース二本だけで、全く同じソロ(フォギマンスペシャル)を全く同じノリを目指し延々とジャムってる光景なんか見た日には、地に頭をつけて自分の不道徳を懺悔せざるを得ない気分です。

そしてサークル全体がひとつのスタイルでまとまっているので、先輩から後輩への指導がしやすく、また指導するのが当たり前という風潮でした。ノウハウの受け継ぎがちゃんとなされています。
が、如何せんみんな同じだから演奏会等は、正直面白味に欠ける面は否めません。
年目を重ねると、色々とわかって面白くはなるのですが…。
ブルーグラスをよく知らない一年目の時に見るのは辛いものがありました。
そして、コピーにこだわるが故に、演奏がついていけてない事も見受けられます。
しかし、それを乗り越えた人たちは、いつの間にかすごい技術を会得していたりするのです。それはもう、突然変異のようにいきなり上手くなったりするからびっくりします。


◆型としてのコピー◆
武道の嗜みは皆無な僕ですが、やっぱり「型」というのは大事らしいです。
先人達が研究し、積み上げてきたもののコアの部分が「型」にはあるようです。
つまり「型」を何度もなぞっておけば、なにはともあれ基礎の大事な部分を否が応にも身体にしみこませる事ができるから、とってもお得。上達の近道というわけです。

音楽に、というかブルーグラスに「型」があるかというと、やはりあるのでしょう。
ただし、それはひとつの完成形として…音源として我々に提示されます。
ビルモンであれスクラッグスであれ、あるいはバッサーであれベラフレックであれ。
その曲中の演奏を解釈し、その素晴らしさを見出し、「型」として切り出し会得する。
これこそがブルーグラスにおける「型」…、
すなわち「コピー」そのものでは無いでしょうか。

コピー派の人々のコピーは、本当に「型」として飲み込む為のコピーに思えます。
再び酪農大の風景を想像するならば、たとえ良く分かってなくても「そういうもんだから」と先輩に言われコピーをし、コピーをしながらその意味を理解し、意味を理解してまたコピーをする…の繰り返しです。
それはまさに修行なのです。己のための吸収活動なのです。
その成果を披露する演奏会は、演舞を見ているかのようです。



…やはり随分と長くなってしまったので、続きは次回。
まだ本論に入ってないです。

ちなみにコピーに関連して、高瀬さんブログにこんな記事があるのを思い出しました。
自己表現という観点からコピーを考えておられます。
こちらも是非ご一読あれ。



2012.11.09

そっくりだけど違う、違うけど平気。なぜなぜ平気なの?そっくりだから。

今日の名言
敵対的で硬質な、不快な感じで、しかも何かしら絶望的な性質を持っている」
…byマッデソン(引用:wikipedia ロ長調)
キーB全否定!

今日は少しキーとスケールについて考えてみましょう。
すこし小難しいお話になります。
挫けたら最後の結論まで読み飛ばしてくださって結構です。

◆A♯=B♭問題◆
先日、Twitter半径650kmくらいの中で、「キーB♭は何故A♯ではなくB♭なのであろうか。」というちょっとした問題が話題になりました。

前提が割とブルーグラス常識での議論ですので、ざっくり言ってしまえば「慣習」で片付けてしまっても良い気がするのですが、高等教育を受けた音楽文芸美術芸術図画工作正義公正公明牛肉豚肉鶏肉自由適当平和を愛する文化人たる青草奏者の皆様に於かれましては、そのような知的好奇心の未知道を二文字の熟語で片すことなど心情的に耐えうる事ではないのではないかと存じ上げます。
現に「
それは、略した時にゴロがいいのがB♭だからだよ。ビーフラは言いやすいけど、エーシャーは何となく締まらないでしょ 」という事実上の真理が慧眼の士により大暴露されています。

もう全ての結論はこれでいいんじゃないかと思うのではありますが、せっかくなので及ばずながら真理への別ルートを探ってみようと思います。


◆感覚としてのA♯◆
まず僕の音感・スケール感覚としてA♯というキーはありません。全てB♭です。
なぜならA♯だと「ラが二回出てくるから」…と言ってもわかりにくいでしょうか。
僕は根っからのドレミ脳であり、音は即ちカタカナで聞こえてきます。
…いや、そこらへんはややこしいので後回しにしましょう。
とにかく僕も、感覚では分かっていても理屈は良くわからなかったのです。


◆教えてwikipedia教授!◆
わからないことはまずグーグル先生からのwikipedia教授という、大学で学びうる一番汎用的なリサーチメソッドを駆使してまずは教授にキーB♭をご説明願います。
和名表記ですので変ロ長調となります。(音楽の授業で習ったかと思いますが、変=♭、嬰=♯、長調=メジャー、短調=マイナー、です)
なるほど、変ロ長調は「壮麗で楽しい」と評され、管楽器と非常に相性がよく…
…というのはどうでもよく、じゃあA♯、つまり嬰イ長調はどうでしょう。
なんと!というかやはり…というか、そんなページすらありません。
そう、嬰イ長調(A♯)というのはwikipedia教授も無視するレベルで存在しないのです。


◆図解☆五度圏◆
なぜかというのは、まずこちらを御覧ください。
Godoken.png
(引用:wikipedia教授)
これは、ブル研木村教授が「業界で刺青入れるならこれを入れろ」とか仰っているという噂の、調の五度圏(cycle of fifth)です。
やっぱり時計で言う10時地点にある変ロ(B♭)に嬰イ(F♯)はありませんね。

小難しく見えるかも知れないですけれど、僕もよく解ってないので身構える無かれ。
とりあえず青字の長調についてだけ見てください。
12時地点のハ(C)から時計回り五度ずつ音がシフトしています。
五度って概念が良く分からない方もいらっしゃると思いますが、例えば「ド」から数えて「ど、れ、み、ふぁ、そ」と5つ目のにあたるソの音が、ドから数えて五度の音になります。
この「○度」で数える概念ってわかりにくいのですが、とりあえずその音から数えて何番目かってくらいのイメージでいれば良いんだと思います。
というか僕がその程度のイメージで済ませています。

この図は、その五度の音でぐるぐる周ると、グルッと一周する間にその調のキーになる音が表せちゃうんだよ!って事を言っています。
感想は「はぁー、よくわからんけどよくできてるのね」程度で良いです。

で、次は五線譜を見てください。
時計回りに♯が増え、反時計回りに♭が増えています。
♯も♭も、どちらも最大7つで終わっている点に注目です。
賢い皆様ならお察しがつくでしょうが、これって理屈上8つ以上もいけるのです。
じゃあこの図の変ロ長調の横に嬰イ長調を描き足すにはどうしたら良いでしょうか?
時計回りで♯が増えているのだから、嬰ハから更に♯を3つ書き足せば良いのです。

そこで、法則に従って♯を描き足すとこうなります。
へんい
ペイントやっつけで恐縮ですが、♯が10個!気持ち悪い!
しかもよく見てみると、ファ、ド、ソで♯がダブっています。つまり全音上げのダブル♯。
これを厳密にスケールとして表すとすると、
A♯ B♯ C× D♯ E♯ F× G× A♯(×はダブルシャープ)
になります。
改めて確認しますが、これはB♭のスケール、
B♭ C D E♭ F G A B♭
と全く同じ音です。

…そりゃ嬰イ長調(A♯)なんて誰も使わないよね!

ということで、♯(もしくは♭)は実用上最大7つしかくっつけることは無いのです。
それ以上だとダブル♯orダブル♭が出現していまうのです。
どっちかが7つの時でもすでに、別の方5つで代替は可能なのですが、
表現上や曲の展開上、あえて7つ使う事もあるようですね。極めて稀なようですが。


◆って言われてもブルーグラッサーには関係ないじゃん◆
…って言われたら元も子もないでしょう!
でも実際そうなのかもしれません。楽譜なんて読まないし。
スケール上B♯だろうと回りくどく言わず、普通にCって言うだろうし。
多くのグラッサーにとって、萩原と荻原の違いくらいどうでも良い事なのです。

しかし、なまじ音感がある人間…特に僕のような、音がカタカナのドレミで聞こえてきてしまうドレミ脳人間にはちょっと見過ごせない問題なのです。
色々気持ち悪い、というかA♯のスケールをA♯として認識することすら困難。
ドレミ脳についてはまた別の記事で改めて。過去にも書いているけど。


◆結論◆
・楽典上、A♯というキーはありません。B♭です。
・仮にA♯というキーにすると、スケールが死ぬほど面倒くさいです。
・ついでに言うとG♯は無くA♭、D♯は無くE♭です。
・F♯=G♭、C♯=D♭、に関してはどちらも有り得ます。(B=C♭も一応あるようですが、わざわざC♭を使う例は殆ど無し。)
でもブルーグラッサーには大して関係ありません。
・面倒くさいので、CDEFGAB以外のキー、つまりピアノで言うところの黒鍵にあたる音がルートになるキーに関しては、とりあえず「○♭」と言っときゃ良いと思います。
・何より略すときに「○シャー」より「○フラ」のほうが言いやすいという真理。
・僕は何故かF♯=G♭においてのみF♯を採用しています。それについてはまた後日。
・wikipediaで○長調とか一つ一つ読んでみるの、意外と楽しいよ!




2010.09.10

1から始まれば偶数だよね

今日の名言「バンジョー弾きのみなさん、奇数の音を愛しましょう!
                            それが僕たちの役目です。…byにょんさま


あらかたのイベントが終わり、更新するネタも無い淋しい9月。
夏休みのお仕舞いが、刻一刻と歩み寄ってくる9月。
皆様お元気でいらっしゃいますか。

帰省やらなんやらをされている方も多いかと思いますが、
夏休みこそサ館に入り浸るチャンスです。
なんてったって授業ないし、人いないし。部室使いホーダイですよ。
夏休みに頑張って一皮むけたら、影でヒソヒソと
「あの人…変わったよね!(はぁと」
と噂されること間違いなし!株も急上昇!オーディションで絶賛の嵐!
リア充の階段を反重力で転げ落ちるような事態が起こるのです!

…という儚い幻想を1ミリでも現実へと引き寄せたい皆様。
晩夏の夜長に音楽を考えてみるのも良いと思いませんか?

約一ヶ月前、お勉強に疲れたにょんさまがこんなエントリをお書きになっております。

奇数の音を愛す - ひだちのいろ日記

そもそもにょんさまのブログ自体知らない方も多いでしょうけど、
普段はプログラミング関係の記事しかないので読んでも全く理解できないブログです。
ですがこの8月8日、突如としてカテゴリー欄に「bluegrass」が生まれたのです。
相当欲求不満だったのでしょう。

議題はバンジョーのロールにおけるリズムのお話です。
まずは是非読んでみてください。
…読みました?以下読んでいる前提で書きます。
結構面倒で長い話です。いつもの事か。



続きを読む
2010.04.30

ドレミ脳の中身 ~後編~

今日のドドド「ジャケ写」
WS225.jpg
色調補正をかけてみたら無駄にカッコイイから、ドドド加工で汚す。
元は小樽フェス用の写真だそうです。



前回に引き続き音感のお話の続き。
なんだか取りとめが無く小項目を連ねてる感じになってきましたが。


5月1日追記

え、え、え、ちょっと待て、

なんで続き部分消えてんだ!?

プレビュー確認もしたし、保存もしただろ!?

どーゆーこっちゃ!?

タイトルの修正した時か?んな馬鹿な!

…どこ探しても残ってない。。。

もーもーもー
もーもーもー…嫌だ…。
あの記事を書き直す気力は…無い…。

くたばれFC2。おやすみなさい。



2010.04.28

ドレミ脳の中身 ~前編~

今日のドドド「刃 女 殺意」
WS224.jpg
@工学部のガラス張りの中。
模型制作用カッターは、やたら先がとんがっていました。
刺されても切られても、多分痛いと思います。

念のため断っておくと、右後方の人物はフジーさんじゃありません。



今更ですがタカセさんにリンクして頂いたようなので、
今更ですがタカセさんのリンクを張らさせて頂きました。
散々今まで記事には張ってきたから、本当に今更だけれども。
しかし、改めてみるとリンク…というかブログ少ないなぁ。
いつも言ってることですが。



曲がりなりにも音楽サークルにいると、しばしば「音感」の話題になります。
その場合僕はたいてい「音感がある人」とされますが、
七割くらいは正解…三割は間違っているかなと思います。
「音感」と言っても、一筋縄ではありません。
今日はそんな「音感」について、僕の音感を基に少し考えてみようと思います。
音感の損得、脳みその中身、音感の活用について。
非常に手前味噌な感じがしますが、それ以外に参考資料が無いのです。



続きを読む
2010.02.12

芸術の根っこ

今日のドドド「元気玉」
WS219.jpg
タイさん夫妻から、結婚祝いのお返しが届きました。
チョコレートティー、大変おいしう御座いました。ごっつぁんです。

チョコレートティーと一緒にこのイラストが同封されていた訳ですが。
奥様(!?)のイラストは、見るにつけ上手で可愛いものだと、常々思います。
閉まっておくのも勿体無いので、暫く僕の部屋で気を集め続けてもらう事にします。


僕の部屋に入ったことがある方ならご存知かと思いますが、
僕の部屋の壁にはべたべたとポストカードがはってあります。
シンプルでスタイリッシュな部屋を目指す気なんぞ毛頭無く、
壁はポストカードをはじめ、ポスターやらその他やらでごっちゃです。
最近はマンドリンケースもごっちゃです。

ポストカードの殆どは浪人時代に集めたものです。
暇だったのです。
なので、イラスト関係に随分とお金をつぎ込んだことがあります。
ただし、集めるだけで、決して描く訳ではありません。
書くほうは絶望的に下手なので。
しかし、プロならともかく、割と身近にいる人が上手だと、
自由に描けるって羨ましいなと思わずにはいられません。


元気玉の写真を撮りながらぼんやり思い出していた記事があります。
はてブの2009年ブックマーク数ランキングで見つけた、
どんなにへたくそでも一日後には絵が上手くなる方法
という記事です。
ランキングでは10位にランクインしていました。
2chのまとめなので読むのに若干抵抗がある方もいましょうが、
とても興味深い内容だと思います。
スレッド投稿者はまず、理由は知らせずに「ただひたすら丸を描け。」
とだけ指令を出します。
白い紙に、鉛筆で、何枚も、丸、丸、○。
何枚か書き溜めた頃に解説が始まっていくわけですが、省略。
自分で読んでください。

言ってることは結局精神論とも言えますし、
すごく当たり前の事っちゃ当たり前の事なのです。
でもその当たり前の事に気付いていなかったり、
その重要さを実感していなかったり、
考えた事すらなかったりするから、
このスレッドにある種の新鮮さがあったのでしょう。


この絵を上手く描けるようになるための方法論は、似たようなフォーマットで
音楽をする方法論にも当てはめることが出来ると思います。
眼で見て⇔脳みそでイメージして→ペンで出力する。
眼を耳に、ペンを楽器(or声)に置き換えれば、そのまま音楽の方法論です。
上手く描けないのはイメージが頭に無いから、とスレッドの投稿者は言います。
上手く弾けないのはイメージが頭に無いから、と言うのも言えるのではないでしょうか。

まず、手を動かさなきゃ絵も音楽も上手くはならない。
当たり前ですね。
じゃあ何故手を動かす事が必要なのか?
それは身体的技術をつける事はもとより、イメージを頭に浮かべなきゃいけないから。
そのためには丸でもロングトーンでも、重ねていかなきゃしょうがない。
とても当たり前な理屈ですが、それを意識し、実践している人は、
当たり前のようにいる訳では無い気がします。
ここまで言っておいて、自分でも実践してないと思います。


音楽は紙のように積み重ねて厚みで成果を実感できなかったり、
なかなか自分で客観的な評価がしにくかったりするのが難点ですけどね。
しかし、何の効果を目的にしているのかも良くわからずに練習するのと、
イメージを持ち続ける、又は考え続けて練習するのとでは、
その効果に大きな差があるのでは無いかと思います。
音楽も絵も、イメージ無くして成り立たないのです。
まぁ、結局はいっぱい練習するって大前提はあるのですが。


皆様、テストも終わり、春休みに突入しつつある頃でしょう。
暇な昼間は楽器を弾き、
眠れぬ夜は丸を描く。
そうすれば、定演にも出れて、パンフレット描きにも困らないことでしょう。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。