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2011.11.30

6年目全員出演は老害か競争原理か。

今日の名言「ZBBT(ずっとババのターン)」
IMG_7235.jpg




定期演奏会がありました。
今回は何故だか随分と沢山のお客様にご来場いただいたようで。
近くから遠くから後ろから前から、どうもありがとうございました。

今年の定演の出来はいかがだったのでしょう。
リハは多少見ておりますが、本番はまともに見ていないのです。
毎度の事ながら、控え室に篭ってひたすら写真を撮っておりましたので。
ご覧になったかたは、どうぞ講評などのエントリーよろしくお願いします。
もしくは刺激的な本音をこっそり耳打ちしてください。

そうそう、写真、ブル研アルバムにアップしました。
僕のアップ分は200枚くらい。これでも削りました。
被写体が偏っているのは多分僕のせいです。それでも大量のソエタを削ったんです。
その内公開されるでしょう。てか、もう公開していいのかな。
勝手に公開してもいい気はするけど、一応今回は待ってみます。

ついでに、動画を撮った人。是非アップしましょう。
ちなみに、そのうちブル研の係がDVDに焼いてくれるとは思うのだけれど、
焼かずともYouTubeにアップして共有した方が速かったりしないかと思う。
今年も少し議論があったのですが、もしかしたら来年から
Ustream中継が導入されて、その辺が一気に解決するかもしれませんね。



今回は1バンド、「暗黒泡踊り」での出演でした。
僕は3年目以来出ていなかったので久々、3度目の出演です。
マンドリン弾きの身分としては初めて。
ベース以外でも出れておいて良かった…っていうのはどうでも良く、
あのバンドで出演できて良かったなーと、しみじみしております。


本番の出来は、音を外した事以外あんまり覚えてないのですが、
頑張って練習した分のエンターテイメントは出来たと自負しています。
打ち上げ等でも何名かから、嬉しいお言葉をいただけました。
僕なんかは今更褒めてもらえないので、後輩達の事をお褒めに与るのですが、
褒めるなら是非、本人達を直接褒めたってくださいな。
「古積の飲み物を飲むタイミングが良い」とか、是非本人に。
厳しいお言葉は僕まで。「バンド名はもうちょっと真面目に考えろ。」とか。


さて、このバンドも3月でお終いなので、後は2年目三人の将来に乞うご期待。
…という前に、追いコン。
…という前に、一度くらいライブをやりたいものです。残り追いコンだけは淋しいし。
願わくばあと1年くらいは続けたかったバンドですが、そうもいかないので。
あまり時間も無いけれど、区切りになるライブができたらなと。

どんな感じでやるかは全く未定ですが、決まったらお知らせいたします。
どこでやればいいかな。是非いい場所教えてください。


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2011.11.22

電気臭さを目指して。

今日のドドド「PAIR NIXON」
WS000008.jpg
微笑ましい。微笑ましいよ。微笑ましい。
おじさんほっこりした。君達いいチョイスだよ。
願わくば、今後誰かがうっかりこのシリーズを買ってしまい、
ペアがトリオやカルテットにならないことを祈る。


定演前ですね。今更ここで宣伝するまでもないでしょう。
皆様のご来場、お待ちしております。
出演者は最後の追い込みに必死でしょうか。
かく言う僕も一応部員の身分を持って出演者の枠に入っているのですが。
マンドリン、練習しないとなぁ。
まず、弦変えてブリッジ直さないと。何ヶ月放置してるんだよあれ。



曲がりなりにも定期演奏会となると、一応フリーに「私服」というわけにはいきません。
だいたいどのバンドも、少しは衣装を考えています。
そろそろどこのバンドも決定しているでしょうけれど、
ウチは相当レベルの優柔不断っぷりを発揮し、未だ決定に至っておりません。

僕は「女の子が引き立ってさえいれば男は出汁で良い」というスタンスで、
色々と提案≒願望を言うのですが軒並み却下されていきます。
みんな、自分が突出して目立つとかそういうのを嫌う人たちみたいです。
まぁ、気持ちはわかるんだけれど。
しかし、魅力を持っている人間は、その魅力を出し惜しみせず、
目立とうが何だろうがカッコヨクorカワイクあるべきだと思います。
全員を最底辺に均して統一しちゃうと、ゆとり教育じゃないですか。
過度の平等は全体レベルの低下に繋がるのです。
いでよアイドル、視線の矢面に立つべし。

…と、言う願望は常々持っております。
つまり「主役+出汁」or「女の子+下衆」構想。


しかし一方で、それとは正反対の願望もあります。
言うなれば「統一的没個性」願望です。
まんま、全員が没個性的になるという事なのですが、
いつもの私服で没個性的では意味が有りません。
各々の区別がつかないほど美しい統一の上での没個性、
そしてそこからにじみ出る異世界感と怪しさ。
そう、怪しさ。大事だから2回言います。怪しさ。(3回目)
そんなものに憧れます。

例えば明和電機の工員さん達のような…、
と言ってもわかってくれる人はなかなかいないか。

そういう方針の衣装や演出をすると言ったら、
やはりネジの締め方を間違えたバンドやテクノユニットなどでしょうか。
最近ではクラフトワークという古参のユニットがツボです。
名前くらいは知ってたけれど、動画を見たのはつい最近。


横一列の没個性が光と怪しさを醸し出しながら直立不動でVAIOをいじるライブ。
すごく好きです。この怪しさ。てか舞台装置かっこえー。

こちらは、ステージに立ちすらしない。


すごく好きです。
自分がステージに立たない自分のライブって、いいなぁ。
もちろんどちらもバックスクリーンの映像があってこそ、ですが。

好き…なんだけどなぁ。
この発想をブルーグラスに持ち込んだら大事故必至です。
あの揺れ動く音楽を、揺れ動かないで、揺れ動くのです。
誰が誰だか分からない格好をして、指と手と口しか動かないステージ。
もしくはステージに機械工学科特製電動案山子を置き、演奏は裏で行うステージ。
個人的には…ありです。
手間と暇と賛同者と人材とお金さえあれば。

むしろ必要なのは、バックスクリーンと映像と照明だろうか。
実際、演奏技術によって客を沸かせるという本質はそのままとしても、
演出面での進化ってしていかないかな。
ビル・モンローが生誕200、いや150年になっている頃には、
土臭いブルーグラスに、電気の臭いが染み付く時代かもしれないよ。
相当な設備は必要だから、誰でもはできないだろうけど。

そんなわけで。
2010年代のBluegrassシーンは、舞台装置や演出に大きな進化が起こりえます!
不安定に揺らぐベースに照明や映像をシンクロさせる技術も出てくるでしょう!
高度に発達した蓄電池を背負って電飾を巻きつけ、全身光りながらジャムとか。
暗いキャンプ場でやれば、人も虫も寄ってくる!

今こそ…この最先端技術を研究する環境が整っている大学サークルだからこそ。
時代を先取りして、ワールドワイドなブルーグラス界のパイオニアとなるべきでは。
とりあえず文系には無理だから、お願い頑張って工学部。




そんな未来の前に、今週末の衣装をどうにかせねば。


Posted at 05:21 | へぼ | COM(0) | TB(0) |
2011.11.08

秋飽き電音供養祭

今日の名言「あの頃はかっこよかったんだよ」
…って最近言われます。
その度にベースだけ弾いてりゃ良かったと後悔するけれど、
考えてみたら虎の威を借る狐状態なだけだった気がする。
だからこれからもLoveaffairライフを満喫するのです。
生音から電音まで。せいぜい中途半端に。



先日、夜中にテレビをつけたら、偶然YMOのライブを見ることができました。
YMOはCDで聴けばそこそこかっこ良く、
ライブで観るとめちゃくちゃカッコイイ、というイメージです。
うん、やっぱりかっこよかった。というか、皆様知ってますかね、YMO。
世代によっては知らないんじゃないか…と思うけれど、
よくよく考えれば僕だって全くその世代じゃないんですよね。
解散したの生まれる前だし。
とりあえず動画のリンクだけ貼っときます。年取ってからのRYDEEN
こんなかっこしててもカッコイイ。

YMOのライブをみてると、ちょっとだけ打ち込みがしたくなる。
が、DTM環境なんて僕には無いので、
せいぜいKORG DS-10を引っ張り出して見る程度です。

KORG DS-10を買ったのはもう二年くらい前。
それを使って微妙な物作ったのは一年くらい前。
DS-10の説明は、その時の記事でも読んでください。
とどのつまり、DSで動く楽器&作曲ソフトです。

まともにDTMをやったことの無い僕は、こういった半端物に手を出しては
面倒くさくなって放置するという事を繰り返しています。
DS-10も例外では無く、たまーに気合を入れて何かを作ろうとし、
難しくてわからなくなり、途中で面倒くさくなり、
色々未完成で放置する。という事を何度か繰り返しています。
しかし今回、YMOブーストにより打ち込み熱が高いうちに、そんな可哀想な
曲を供養してあげる事にしました。


二年前、DS-10を中古で買って、とりあえず作ってみた曲は何故かブルーグラス。
この期に及んでわざわざブルーグラスって馬鹿なんじゃないかと思うけれど、
すごく「テクノっぽい」と思ってた曲が一曲だけあったのですね。

それが首振体毛魔神D.GRISMAN先生による"E.M.D."という曲です。
まぁ、ブルーグラスというかDAWGなんですけれど、定番曲。カッコイイ。
ちなみにこの曲、本当はEat My Dustという曲で、同名の映画の為に
グリスマンが作ったは良いけれどその映画が駄作だったため、
同じに見られたくないと思ったグリスマンが曲名を略したとか。(出典)

とりあえずこいつを打ち込もうと思い立ち、ある一定期間だけ、
すごく頑張ってみました。

そして、飽きました。
僕の悪いところは、いきなりデカイものを作ろうとして挫折する事です。
ある程度で放置したあと、小ネタを作って放置し、
ヘンナノを作ってアップし、
なぜかもうひとつE.M.D.を作って放置し、
また初代E.M.D.を触りかけて放置し。

そこで今回は、ぼぶのDS-10人生の原点たるE.M.D.を供養しました。
あれこれしようと思うと絶対供養できないので、
あまり大きくは変えず、とにかく完成させれば良いという方針です。
明け方にDS-10を取り出し、ちまちまと修正。
そのままの勢いで録音・録画しました。
最初のバージョンと、何故かつくったもう一つ、
合わせて二つのバージョン。



続きを読む
Posted at 03:47 | ろくおん | COM(3) | TB(0) |
2011.11.04

T字路ヨロン 後編

今日の名言「わくわくしてる」
20111024-071201.jpg


前回のつづき。
書きためていた某かからペタっと貼りつけ、削って改行するだけ。



これは昔からのことだけれど、僕は何かの問題について立場を明確にするということが、非常に非常に苦手です。僕についてたまに「何を考えているのか分からない。」 と言われるけれど、そんなの僕だって分からない。
意見を表明しろって?そんなの簡単に言えるわけ無いじゃないか。
○○賛成?(y/n)で割り切られるのが非常に嫌いなのです。
「ホントはちゃんと意見を持ってるけど言わないんでしょ?」とか言って、良く分からないミステリアスな部分を美化し、あたかも僕が優秀であるように捉える人がいるけれど、自分だって良く分からないよ。
評価していただけるのはありがたいのですが…。

それは[世論]的≒単純な言い方をするならば、ただの[優柔不断]です。
でも、一つの枠組みだけで物事を見てしまう自分が怖くて仕方が無い のです。
今までの、そして現在の自分を俯瞰してみると、随分と世論に流されているような気がします。
別に世論は強ち間違ってもいない事だってあるけれど、きちんと基づく知識や認識も無く世論に同調するのは滑稽に感じます。自分の頭で考えたことでもないのに、考えていると勘違いしているのだから。
しかし、自分のようなプロでは無い人間=素人(←つまりどんな問題に対しても)は、その問題の背景を深く知ることなんてできないだろうし、得られる知識・認識も、それを得ようとする意欲も、たかが知れています。
そうなると、結局自分の意見も自分で信じることができないのです。

結局僕にできるのは、自分で意見を持たず、世論に対して半分共感し、半分あまのじゃくになってみるという事だけです。誰かが糾弾されていれば、半分は悪いやつだとみなし、半分は自分の中で弁護してみるのです。それだけ。そこから先はありません。
良い面もあれば、悪い面もあるよね、何事も。
そんな当たり前の中庸的意見を持つことしかできないのです。

それを、「無知の知」のようにもてはやしてくれるような世の中なら良かったのですが、この時代にはわかりやすさと明確さが求められています。T字路じゃなくたって、五叉路でだって、右か左かで選ばなくてはならないのです。
そして、右でも左でもない、まっすぐやや左寄り、 まっすぐやや右寄りしかし後にカーブ…のような、多面的考察の上で出された意見ですら、ワンフレーズで右か左かに位置づけられてしまいます。
問題 に対する意見を簡略化した世論は、また逆に、意見を飲み込んで簡略化した状態で捉えようとする働きも起こすのです。世論はすべてを世論化していきます。
それは恐ろしい事です。でも、この記事や、その他の僕の書く物のように、長々と垂れ流された考えを、皆が皆、理解しようとはしてくれないのです。
なぜなら、そんなものは溢れかえっているから。そして、面倒くさいから。
結局、そういうものの大半は身内しか読んでくれない。そう考えると、素人が表明した意見について某かの極端な印象を持ってもらえるだけでも、上出来なのかもしれない。

そんな世論が、ネット社会に突入してどうなったか、ネットが世論に対してどのような影響を持ったか。
というのがひとつポイントになってきます。それは卒論におけるひとつの骨子だったのだけど、もう、忘れちゃった。とりあえず、こんな感じで、指が動くままに文字数をうめつつ卒論を書いた覚えがあります。


おちも無くおわる。


しかしMAD CITYでググったら「松戸市」が出てくるよ。うん…まぁ、いいと、思うけど。

Posted at 13:13 | へぼ | COM(0) | TB(0) |
2011.11.02

T字路ヨロン 前編

今日の名言「一線を超えるんじゃない。線を少しずらすだけだ。」…by地方局レポーター
…うん、いいセリフだ。
映画「MAD CITY」より。
立てこもり事件を題材に、報道や世論について描いた映画。嫌いじゃなかった。

まぁ、ずらしてずらしてちょっと超えて、みんなでずらしてずらしてドッカーンてめーらふざけんな(←でもおまえが言うな)って話なんだけど。
テレビ、怖い。世論、怖い。

以前そんな映画を見て、卒論を思い出して勢い良く書いた物を掘り出しました。
何かしらの為に勢いだけで書き、その後放置していましたが、
勿体無いので再利用して更新回数を稼ぐことにします。



社会を動かしているものは何か。
現代において、社会を大きく動かすものの一つが[世論]です。
[世論]って、どう読みます?普通はヨロンですね。
じゃあ[輿論]は?こちらもヨロンです。
どちらもヨロン。同じものとしても扱えるけど、本当は世論はセロン、
輿論がヨロン、と読まれるべきなのです。
それぞれを英訳すると、世論がpopular sentimentsで、
輿論がpublic opinionsとなります。
それらを日本語に逆輸入してみると「大衆の心情」と「公の意見」となります。
つまり世論は人々が受ける印象・感情による判断の、大きな流れなのです。
一方で輿論は、情緒的な判断に左右される世論とは対照的に、理性的判断に基づくものです。[公の意見]とあるように、世論が本音とすれば、輿論は建前とも言えます。

本来、政治など社会の根幹を動かすものは、その場限りの流動的な感情に左右されない、理性的判断と真偽判断に基づいた輿論でなくてはなりません。
しかし、新聞などの活字メディア主体のマスメディアから、ラジオやテレビ、インターネット主体のマスメディアへ移行していくに従い、社会は特権階級による政治から大衆政治へとシフトします。
大衆政治を動かすものは、理性=輿論では無く、感情=世論です。
世論は、あまり難しく複雑ではいけません。
あらゆる問題を、なにか一言で表すような単純さが世論には必要なのです。
ラジオやテレビは、そんな単純な枠組みを提示するのに最適なメディアでした。
ある一つの価値観を、一つのフレーズにまとめ、何度も何度も電波に載せるのです。
そうして、メディアが世論を作るという現代の状況がうまれるようになってきたのです。


…っていう話を卒論の冒頭でした気がします。
もう、よく覚えてないや。悲しいな。
ちなみに大体が佐藤卓己さんって人の言ってることです。
映画を見ていて、[世論]のおっかなさを感じ、ふと思い出していました。
一年前のこの時期は、ようやっとテーマをちゃんと決めたは良いけれど、
大した事もせずだらだらと無意味に文献を漁っていた頃だったか。


つづく。




Posted at 02:53 | へぼ | COM(0) | TB(0) |
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