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2007.06.16

或る悲劇と、その予測・対策について

今日の名言「きっと、プロバイダでフィルターを掛けられてるんだ。だから、女の子からのメールが届かない。」…ばい・たかの
…そっか、それならしかたないよね。
たかたかは悪くないよね。
たかたかは可哀想じゃないよね。

久々に軽快にキーボードを叩いてたら、一部真面目に持論も混じった議論に発展し、でも根本は腐ってて、かつ論理を組み立てるのが面倒で中途半端になってきたくせに無駄に長いもんだから失速し、結局墜落しましたとさ、って感じの記事になりました。
それでも彼誰時のお便りが届くことを願い、僕は投稿ボタンを押すのです。



昨夜、帰宅してパソコンを開くと、背筋に冷たいものが走りました。

  女優の宮崎あおい(21)と俳優の高岡蒼甫(25)が大安吉日の15日に電撃入籍したことが分かった。この日夜、双方の所属事務所が発表した。2人は連 名で「新たな気持ちで仕事に取り組み、幸せな家庭を築いて参りますので、よろしくお願い申し上げます」とのコメントを出した。2人の交際は昨年7月に写真 誌「フライデー」の報道で発覚したが、約7年の交際を実らせての入籍だ。


引用:スポーツ報知


そう、「あおいちゃん」の結婚です。
結婚という話題は大変おめでたいことです。
しかし僕が危惧するのは、このニュースによってブル研の秩序の一角が崩壊の危険性をはらむかもしれないということです。
ブル研内では「あおい狂/教」とカテゴライズされる人種が居ます。
その人種に関する個別的な言及はここでは控えておきますが、その集団ないし個人の精神的支柱となっていたのが「あおいちゃん」なのです。
しかし、ここで注意しなければならないのが、「あおいちゃん」が「ただのあおいちゃん」ではなく、「誰のものでも無く、空想世界でより高次な領域に達した、清純で穢れ無き『ときめき』の源泉としてのあおいちゃん」なのです。
その「あおいちゃん」が結婚した、と言う事の意味はお分かりでしょう。
彼/彼らの苦しみは想像に難くありません。

悦び

では、これから起こり得る事象について、予測を立ててみましょう。
①危険領域に達する鬱レベルの急上昇
まず真っ先に予測される事です。
これは、必ずしも外面的に観測されるとは限りません。
一見して、軽度の鬱程度の症状しか見られない場合もあると思います。
しかし、精神的支柱に亀裂の入った彼/彼らの心のバランスは崩壊寸前といえます。
いつぞ発狂してもおかしくない状況といえましょう。

②防衛機制の発動
ヒトには、防衛機制なる能力が備わっています。
これが上手く発動する事により、或る程度のダメージを軽減できるものと思われます。
例えば、防衛機制のひとつに「合理化」というものがあります。
キツネとブドウの話は有名ですね?
キツネがブドウを取ろうとしたけれど手が届かず、「あのブドウはすっぱいに違いない!」と言い放った、という話です。
これと同じように、彼/彼らが「あおいちゃんはあばずれに違いない!」と言い放つようになるかもしれません。
しかし、これだと今までのあおいちゃんを失うことへの鎮痛剤にはなるかもしれませんが、やはり精神が歪んだ状況と言わざるを得ません。
もし、このような状況を見かけたら警戒しましょう。

③ブルーグラッサーとしての進化
この件に関して、ネガティブな事象ばかり起こるとも言い切れません。
なにしろブルーグラスという音楽に於いて、悲劇は1つの主要なテーマなのです。
なのでむしろ、悲しみ・悲壮感が糧となっていることも多々あると思います。
それは歌詞・曲の内容も然り、練習にも然りです。
例えば、曲に共感できるようになるとか、サ館に篭るようになるとか。
これは②での防衛機制の「逃避」または「置き換え」にも関わるものと思われます。
特にバンジョー弾きはこれが顕著に表れやすいのではないでしょうか。
某ロンサム曰く、Foggy Mountain Breakdownのチョーキング(タンタンスタンタ)は、悲しみを込めれば込めるほど良いタンタンスタンタになるそうです。
悲しみに漬かり、何かを失い、悲劇を乗り越えることで得られるものが、ブルーグラスにはあるのです。

たーかたーかー

それでは、彼/彼らに対して僕達のとるべき行動は?
幾つかのパターンで考えていきましょう。
①慰め
落ち込む人を慰めるというのは、友人関係において基本中の基本であり、王道です。
しかし覚えておいて頂きたいのが、慰めてもらって嬉しい人と嫌がる人、又は嬉しい状況と邪魔な状況があるということです。
所詮、僕達は「あおいちゃん」を失った彼/彼らの気持ちを理解する事はできません。
そのくせして迂闊に慰めを行うと、逆に逆鱗に触れてしまうかもしれません。
きっと、真に慰めあえるのは志を同じくした同胞同士でしかないのでしょう。
慰めを行う場合は、ご注意下さい。

②突き放し
つまりは慰めの逆です。
あえて突き放す事によりその反抗心を掻き立て、鬱で固まった心を動かすのです。
例えば、対象者が「あおいちゃん」への好意をまだ残している場合、あおいちゃんの批判をしてみましょう。
すると敵(=僕達)へ向けての、抑圧された「あおい愛」の噴射口ができます。
そうする事により、一時的なものかもしれませんが活力を取り戻すのです。
しかし、これは根本的な解決にはならず、しかも自分へ刃を向けさせることになるので、これを行う場合は対象者への真の愛をもち殴られる覚悟で臨みましょう。

③マゾヒスティック特性を利用したケア
経験上、彼/彼らはマゾヒストである可能性が高いです。(サンプル数:1)
このマゾヒスティック特性は大いに利用できます。
悲劇における場合のマゾを、便宜上2パターンに分けてみましょう。
1つには、自分の悲劇を客観視し、自分を「悲劇の主人公」に見立てるロマンチスト型。
もう1つには、ただ単純に「痛み」に対して快感を覚える、個別型。
ただし、この2つは明確に区分されうるものでは無い事を付け加えておきます。
ロマンチスト型は、この件での悲しみをそのまま快感へと転換できる、大変効率的なシステムを持ち合わせています。
このタイプは悲劇とマゾが自動的にリンクしてゆくので、放置していても割と大丈夫であり、一番楽なタイプと言えるでしょう。
しかし、後者の個別型はこの悲劇とマゾはリンクしないタイプです。
あおいちゃんの結婚に悲しみを感じても、それを喜びに変換はできないのです。
このようなタイプへの対処法はただ単純にマゾっ気を刺激してやる事。
望ましいのは、さらにその時にあおいちゃんをリンクさせてやる事です。
それは②の突き放しとは似て非なるものです。
突き放しでは単にあおいちゃんそのものへの攻撃ですが、これはあおいちゃんを崇拝する彼/彼ら自身への攻撃です。
純粋なる快感とあおいちゃんが直接的にしろ間接的にしろリンクするとき、悲しみから少しだけ解放されるのではないでしょうか。

たかたかしゃくらい

あおいちゃんが結婚した今、僕達は何をすべきか?
なにをしてあげられるのか?
僕達はそれを、模索していかなければならないのです。
仲間の為に。

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この記事へのコメント
ま、結局今までの扱いとそれほど変わらないっていう。
Posted by SなM at 2007.06.16 22:47 | 編集
あいつの中のあおいちゃんは今もフリーだ
 
ブログ復活しました
もといパソコンが復活したといった方が正しいか
Posted by tai at 2007.06.16 23:16 | 編集
グラッサーとしての進化は「昇華」に近いと思うわ。ロンサムに昇華する彼に期待。
それでも俺は愛し続けるぜ、みたいなストーキングな歌ないかな。
Posted by 彼誰時…いや更新するって at 2007.06.17 13:22 | 編集
皆さん、別に誰とはとは書いてませんよ…。
画像はイメージです。
空想を補助するためのイメージです。

それでも彼は…。
Posted by ぼぶ at 2007.06.17 22:09 | 編集
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