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2013.06.20

久しぶり音楽論 前段2 ~古巣研究~

今日の名言「低評価を5つ付けるという幼稚な報復行為」
もう片方は3つでした。
…ああ、もうそっとしておくって決めたのに!


■前回のまとめ■
  • 突如現れた…わけでもないけれど、最近ホットな極右さん(当ブログローカル呼称)の出現に端を発し、古いお手紙を掘り返してブログを書くよ!
  • 議論の便宜上、極端だけど「原曲派」と「オリジナル派」に分けたよ!(あくまで極論であり、みんながみんなくっきり別れるわけじゃないから、そこんとこご了承してよね!)
  • その典型例として酪農大と北大が好対照だよ!酪農大は音だけじゃなくプレイスタイルまできっちりコピーするし、北大はその辺適当にしかしないよ!
  • コピーって武道の「型」みたいなもんで、その習得はまさに修行の域だよ!
前回は長くなったけれど、「前回のまとめ」を読んでおけば大丈夫!
今回も長くなったけれど、次回の「前回のまとめ」を読めばきっと大丈夫!

以下続き。


◆原曲派の目標と修行◆
原曲派のコピーは「型」を習得するための修行のようなもの、と前回言いました。
それは、ある意味では楽で、ある意味では非常に辛いものです。

楽な側面は、確固たる目標があるということです。
コピーすべき目標/師範が存在するわけですから、そこにどれだけ近づくかなのです。
もしかしたらその目標/師範は後から変わることはあるのかもしれませんが、それでもやることは同じ。たまに他のことに手を出すかもしれませんが、スタイルは元のまま。
なので、そのスタイルの勉強さえして練習すれば、ある意味では安泰なのです。
自分が一番良いと思える物に、着実に近づけるのですから。

では何が辛いかというと、練習そのものです。
なんといっても修行なのです。修行に辛さはつきものです。
目標に近づくため、憧れのプレイに近づくため、ひたすらコピー、研究、練習!
…と言っても実際は、コピーという行為が好きだったり、成果に対する喜びだったりで、辛いと思わない人の方が多いのかもしれません。むしろそういう人こそ原曲派としてやっていけるのかもしれませんね。
ただ、それには目標となるプレイヤーへの強固な熱意が必要な事でしょう。


◆オリジナル派例、古巣北大ブル研◆
前回からずっと原曲派の分析をしてきましたが、忘れてないよオリジナル派。
これはもう殆ど近年の北大の分析になるんじゃないかと思います。

この前の定演やニューイヤーなんかを聞いていると強烈に感じるのが、曲がチャラくなったなぁ~という事です。もうチャラっチャラです。そんなコンポラばっかやらんでもと思うくらいチャラいです。僕ですら、パリっとしたバンジョーのパリっとしたリズムのトラッド聞かせろよ!と、うずうずするほどチャラいです。
コンポラをやればオリジナル派というわけでは無いのですが、コンポラ系な特定のアーティストを目指し「こいつを完コピしまくるぜ!」って人もそうそういないでしょうから、少なくとも原曲派は少ない事が明確です。


◆独学傾向と曲主体傾向になるシステム◆
そうなる理由はその時々の流行もありますが、北大ブル研のシステムにもあります。

北大ブル研は、バンド単位での活動がメインです。したがって同じ楽器間での交流には乏しい側面があり、「独学傾向」が必然的に強まります。
また、同じ理由により、特定のプレーヤーやプレイスタイルを目指すのでは無く、それぞれのバンドで決めた曲を目標として練習する「曲主体傾向」があるのです。

例えば、一年生は入部後3つの曲を教わります。ブルーリッジ、キャベツ、クリップル。
その3曲をなんとか弾けるようになった後は、特に決まった指導もありません。
「型」とも言えない、「構え」の段階だけ教えて、後はもう自分で会得してもらいます。
先輩と仲良くジャムしてたり、教えを請えば何かしら教えてくれるでしょうが、そうでなければ殆どが独学状態です。
先輩が後輩を教えるって、教える側の先輩にこそ役に立つことなんですけれど…って話は関係ない。まぁともかく、北大ブル研の教育体制はかなり弱く、個人主義的な傾向があります。

一年生は勝手にジャム曲を練習したりもしますが、基本的には一年生バンドの曲を練習するようになります。
その曲はバンド内で好きなのをみんなで選びます。コンポラカッコイイ。
以後はバンド単位での活動がメインとなるので、同じ楽器間の交流は更になくなり、独学傾向が更に強まります。バンドの選曲も、「○○の曲をやるバンド!」って決めていない限り曲主体傾向な選曲になります。

みんなはじめはコンポラのほうが聞いてて楽しいものです。慣れてくれば、ああトラッドもいいのかもなー、なんて思う事もありましょうが、「このプレーヤーのこの弾き方をコピーしろ!」なんて言ってくる先輩も特にいないので、そこまで熱を入れてコピーする人もあまりいません。
弾き方や歌い方も、特に強制されないので、各々が研究しつつ弾きやすい・歌いやすいやりかたを見つけ、練習していくことになります。

つまり、サークル全体としてスタイルの方向性を有していません。
特に最近は器用なプレーヤーが多いので、
曲もブルーグラスっぽいならなんでもアリになってきました。良くも悪くも、ブル研の中の「ブルーグラス」というジャンルの範囲がだんだん広まって(または薄まって)来ているように思えます。

当然、北大ブル研での練習は「型」には依らない事が多いです。
曲をコピーする過程で自分にあった「型」を見いだせれば、それはそれでいいのですが、自分には合わないなー苦手だなー特にやりたくはないなーと思ったら、手をつけません。(自分がまさに)



◆北大ブル研の上達◆
それでは、根底となる部分で目指すべきスタイルが無いオリジナル派は、果たして音楽的に上達できるのでしょうか?…と問えば、言うまでもありません。上達します。
じゃなきゃ北大ブル研、あっというまに潰れています。
それを改めて分析して説明するっていうのは、些か野暮な感じがしますが…。

まぁ、週に4時間とか8時間とかバンド練して、そのための個人練習、そのための音取り…ってなれば否が応にも楽器を触ってる時間は相当なものになります。それだけでも上手くはなります。
それに、プレイスタイルはともかくとしても、それぞれの曲を目標としている以上、それをコピーorそれに近い音やリズムを目指して練習します。
言ってしまえば、原曲の音を取って、リズムなんか考えずその音だけを追っかけて弾けるようになるだけでも、相当の上達と言えます。
加えて趣味的にジャム曲や自分の好きな曲、企画バンド、お遊び、ライブに向けた追い込み…等などで、みんなそれぞれの方向に勝手に伸びていくのです。

ただし、その練習の仕方が、伸びた方向が、本当に正しいか、効率は良いのか。
それは全くわからないのであります。
印象としては、自己流である程度までは弾けるようになるけれど、ある程度以上伸びない…という早期成長伸び止まりタイプが多いような気がします。
まさに自分の事を言ってるような気分です。気分というか、まさに自分の事です。
これこそ「型」がきっちりしていない事の一番の問題点じゃないかと思います。

また、サークルとしては、勝手にやっていける人間は放っといていいとしても、初めて触る変な楽器に右往左往して馴染めない人には冷たいです。
近くにたまたまお節介な先輩がいれば助けてもくれるでしょうけれど、素直に頼れない人なんかにしてみれば、弾けないし放置されるしよくわからんし…でヤッテラレッカ状態です。
何十人もの部員を抱える団体においては必然なのかもしれませんが、それでサークルを離れていく人も多くいるでしょう。


またまた長くなってしまいました。今日はここまで。
こんな、現役も年寄りも食わなさそうな文字の羅列を書くのは久しぶりです。
ホントはこんな話、まるたでSS飲みながら話して、翌日忘れりゃいいと思います。


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